高松高等裁判所 昭和37年(ラ)38号 決定 1963年4月10日
抗告人 吉田フサコ(仮名)
相手方 加藤良雄(仮名)
主文
本件抗告を棄却する。
理由
抗告代理人は「原審判を取消す、相手方は抗告人に対し財産分与として六〇万円を支払え」との趣旨の決定を求めた。その抗告理由は別紙のとおりである。
離婚の場合における慰藉料請求権は、一方の有責不法な行為によつて離婚するの止むなきに至つたことにつき、その者に対して損害賠償を請求することを目的とするものである。それに対し財産分与請求権は必ずしも一方に離婚につき有責不法の行為のあつたことを要件とするものではない。両者はその本質を異にするものである。(最高裁昭和三一年二月二一日判決参照)そして財産分与は婚姻中に夫婦の協力によつて保持し或はえた財産を離婚にさいして清算することと、離婚後に生活に困窮する当事者を扶養すること、とを目的とするものと解すべきである。
抗告人と相手方とは、右両者間の松山家庭裁判所昭和三四年(家イ)第一九七号離婚調停事件において昭和三四年七月三〇日に調停離婚をしたものであるが、本件記録中の調停調書謄本、登記簿謄本に証人大野保、同山田和栄、同久代十郎の各証言、当事者双方本人の陳述を綜合すると次の各事実が認められる。
(一) 右離婚の調停において
(1) 当事者間の長男清、二男正の親権者を抗告人と定め、抗告人において監護養育する、相手方は抗告人に対し、
右両名の養育費として、昭和三四年八月から昭和三五年一二月までは一人につき一、五〇〇円ずつを、昭和三六年一月から右両名が満一八歳になるまでは一人につき三、〇〇〇円ずつを、毎月末日かぎり支払うこと(この支払いは不法行為を要件とするものではない)
(2) 相手方は抗告人に対し、婚姻中抗告人に加えた精神的損害に対する慰藉料として、(イ)一〇万円を昭和三四年九月一五日限り、(ロ)九万五千円を昭和三五年六月から昭和三八年五月まで毎月末日限り二、六〇〇円ずつ(最終回は四、〇〇〇円)に分割して、それぞれ支払うこと、
が約定されたこと。
(二) 当事者双方が婚姻中に取得した財産としては、松山市湊町五丁目○○番地の二にある木造セメント瓦葺二階建居宅一棟(建坪一〇坪一合、二階五坪五合、なお登記簿上は杉皮葺)のほかクリーニング用機械器具と家財道具がある。右のうち家屋は課税標準価格が一五万九、〇〇〇円で調停委員は約三〇万円と評価していたが、当時その上には愛媛相互銀行と西日本相互銀行とにそれぞれ元本極度額一〇万円ずつの根抵当権が設定されていた。機械器具と家財道具の価格は明らかでない(抗告人は各約二〇万円と主張する)。それら財産に対して、当時右根抵当権の分を含めかなりの債務があり(久代証人によると三、四〇万円)、そのうち抗告人の親族から借りている分が合計九万五、〇〇〇円あつた。そして離婚の調停においては、相手方が右財産を全部取得するかわりに右債務をも全部支払うということを前提として前記一〇万円の支払いを含めた右調停条項が定められたものである。もつとも右九万五、〇〇〇円の債務は抗告人が立替えて各債権者に支払いを済ませ、それを相手方が抗告人に漸次分割返済することにきめられた(この支払いは不法行為を要件とするものではない)。
右認定の事実によつて考えると、前記離婚調停においては、たんに抗告人が婚姻中に蒙つた損害の賠償として相手方が慰藉料を支払うこと(前記(一)の(2)の一〇万円は一面においてこれに相当する)を定めたにとどまらず、離婚に伴い夫婦が婚姻中にえた共通財産を清算することおよび離婚後も抗告人に対する扶養をすることをも定め、かつその程度・方法を前記(一)の(1)(2)のとおり(一〇万円は他面においてこれに相当する)きめたものであること、すなわち調停条項全体として財産分与の額、方法をも含めて約定されたものと認めるのが相当である。調停条項中の「慰藉料として」なる文言は、その表現が適当でなく疑義を招きかねないが、そのために右と相反する判断をしなければならないものではない。
要するに抗告人は既に相手方から財産分与を受けたのであるから(その履行が済んだか否かは別問題である)、本件において重ねて相手方に財産分与を請求する権利は認められない。抗告人主張の抗告理由は採用できない。
その他記録を調査するも、原審判を違法とすべき事由は存しない。
結局原審判は相当であつて本件抗告はこれを棄却すべきである。よつて主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 渡辺進 裁判官 水上東作 裁判官 石井玄)
別紙
抗告理由
(1) 「精神的損害に対する慰藉料」との明記は財産分与を包含せざること余りにも明白である。財産的損害に対する慰藉料と言えば或は財産分与を含むと言えないこともなかろうが精神的損害とか慰藉料とか言うのであるから凡そ財産なるものに無関係で財産分与の含みようがない。
(2) 「前記の慰藉料でないこと明らかな金九万五、〇〇〇円についても右金一〇万円と同様慰藉料として支払うべき旨の記載があり従つて右調停においては慰藉料ではない右金九万五、〇〇〇円と財産分与である右金一〇万円をいずれも便宜慰藉料名義で支払うことに合意したものと解するのが相当である」とある。九万五、〇〇〇円は慰藉料として支払うべしとは書いてない。若しさような記載であるならばあとから思い出して付け足したような式にしないで始めから金一九万五、〇〇〇円と一括して記載あるべき筈であるのみならず慰藉料でないこと明白なる被抗告人のためにする抗告人の借受金の支払財源に供する九万五、〇〇〇円に付ていくら何でも慰藉料なる表現を為すが如きことは裁判文書にない。又慰藉料と書きながら財産分与を含むことこれ亦前述の如く裁判文書にはない。
財産分与は慰藉料と全く別異のものであるから特別の表現がある筈であつて通俗文書でも苟も何も書いてなければよいが仮りにも「精神的損害に対する慰藉料」とあればこれに財産分与を包含せしむることは無理であるから厳格なる裁判文書にその旨の記載がなければ尚更の事で財産分与を含むことを明言するとかそれを包含する趣旨を知らしめるとか双方間今後一切の権義なきを表現するとかするを要し然らざれば素人は最も親しみあるべき家庭裁判所へは危険で近寄れないことになる。以上抗告人は審判理由書を善意に解し財産分与を包含すると書いたのであるが理由書は包含するどころの騒ぎでなく財産分与として支払うべき金額が一〇万円と確定したとあり。然らば慰藉料とありながら、書いてある慰藉料はゼロで書いてない財産分与が百パーセントである。これでは裁判所の信用問題にもなつて来る。